[大洋ホエールズ試合観戦記録]

はじめに

私は,1978年「大洋ホエールズ」が横浜に本拠地を移し「横浜大洋ホエールズ」になった頃からの大洋ファンです。
以前はシーズンを通して10本以上の本塁打を打った日本人選手がいなかったり,と情けない状況でしたが,最近はよく打つようになり,残塁の山を築き上げる拙攻打線が復活しました(1999年11月記)。

球団創設以来2回目となる3年連続Aクラスと,ここ6年で全順位制覇(6→4→5→2→1→3)を記念して,私が球場に見に行った分の観戦記録を掲載します(1999年11月記)。

[さようなら]

ただ「基が無死一二塁から二直三重殺打を打った試合」とか「広島のガードナーがホームランと思いきや,本塁を踏んでなくアピールアウトを食らった試合」とか「屋鋪が走塁中打球に当った試合」等は,昔過ぎてはっきり覚えていません。なので,1998年-9月以降の分から掲載します。

得点は全て左側が大洋(横浜もしくは湘南)。つまり右の数字が多い場合は大洋の負けです。

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2007年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
10月-4日 ヤクルト 神宮 特別
指定
1 - 3

鈴木引退 !!

といっても引退するのは大洋の鈴木尚ではなく西武,ヤクルトで活躍した鈴木健である。彼の引退試合を観に約6年ぶりに神宮球場へ行った。

試合開始当初は三橋の球数が異様に多く,鈴木健の登場は一体何時になるとかと心配になったのだが,6回,7回と互いに三者凡退を続け21時前には最終打席を見届けることができた。

さてその最終打席で数多く打ったファウルの一つが私のすぐ近くに落ち,そのボールを運良く手に入れることができたのである。一方鈴木健は結局15球目をセンター前にはじき返し有終の美を飾った。

なお,途中スタンドまで届かないファウルフライが上がり「まさか村田が捕球してしまうのではないだろうか」と一瞬心配になったのだが,さすがにその場の空気を読んだようでそれはなかった。

夏頃まではよく戦っていましたが,後半失速しました。

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2006年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
10月-9日 広島 横浜 内野
指定
5 - 3

三浦三塁打 !!

万永の引退試合を兼ねた本拠地最終戦を観に行ったのであるが,自分で打たないと点の入らないことにやっと気がついた三浦の三塁打以外,見所のない試合となった。
南海 vs 西鉄のプレイオフ第一ステージをやっているにもかかわらず,意外に観客が多いのが不思議であった。

[花束を受け取る万永選手]
金城選手から花束を受け取る万永選手
8月20日 湘南

日ハム
横須賀 内野 4 - 5

岡本退場 !!

3対3で迎えた9回表,日ハムが陽の適時打,江尻の犠飛で2点を勝ち越し,その裏の湘南の反撃を1点に押さえ左記の結果と相成った。

本日の感想は以下の通り。
  • 野中は今ひとつセンスがないような気がする。
  • 田中一は今期限りだろうな。おっと万永もか。
  • 古木はトレードに出してもらうためにわざとやる気のなさをアピールしているのかな。
クソ暑い中,高校野球の決勝戦の裏でひっそりと行われた本日の試合の唯一の見所は日ハム監督の退場処分であったが,これは冷房の効いた場所に一足お先に行きたかったためであろうか。

一軍は5位と予想してましたが最下位となりました。

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2005年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
6月17日 楽天 横浜 B 指定 4 - 3

佐伯 久々に四番の働き !!

1対0で迎えた2回表,ばりばり打つのは来週からにして欲しい礒部の2ランで逆転されたものの,その裏佐伯の3ランで再逆転。その後点が入りそうで入らない得意の攻撃を続けた。
最終回はクルーンが登場。予想通りいきなり走者を出したものの,失点を1に押さえ4対3で勝利した。

さて,試合後のヒーローインタビューで佐伯は,
  • 秦の頑張りが五臓六腑に染み渡った。
  • 〜が北半球をぐるぐる回っている。
等と,難しい表現訳のわからない表現を並べていたが,五臓六腑という単語を一体どこで覚えてきたのだろうか。

今年の大洋は5位と予想していたですが,3位と健闘しました。

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2004年分の観戦記録

数少なかった観戦予定がことごとく雨で中止になりました。1991年以来の「シーズン無観戦」です。

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2003年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
8月10日 湘南

ロッテ
横須賀 内野 4 - 0

東 死球を受ける !!

前回のロッテ戦は若田部,黒木の先発であったが,本日は湘南が東,ロッテが小野をマウンドに送り出すことにより二軍の試合らしく始まった。

さて試合の方は,2打席併殺打を放った村田のフェンス直撃の二塁打等で点を入れた湘南の勝ちとなった。
7月-5日 湘南

ロッテ
横須賀 内野 10 - 1

若田部 vs 黒木 !!

本日の先発は何でこんなところにいるんだ(本人談)の若田部と,ロッテのかつてのエース黒木であった。

[若田部][黒木]

サブローの先頭打者本塁打で始まった本日の試合は,ロッテのまずい守備にも助けられ,いつのまにか10点を取った湘南が,失点をこの1点に押さえ勝利した。

本日の観戦目的は,元々スポーツ写真を撮る練習であったのだが,黒木が投げて若田部が打席に入る(及びその逆)という公式戦初の対決を見られたのは有益であったと言えよう。

[おっと危ない]
6月21日 湘南

ヤクルト
横須賀 内野 4x - 2

吉村サヨナラ2ラン !!

本日の洋-ヤ戦は神宮と追浜の2ヵ所でやっており,どちらを観るか迷った結果追浜に行くことにした。
先発は本来一軍にいるのが当然の斎藤隆と戎であった。4回からは東がマウンドに上がり,東が投げるのならユウイチとの対戦が観たいものだと思ったが(内輪ネタですみません),それはなかった。

さて試合の方は,2対0のまま9回まであっという間に進んだのであるが,このまま2時間半で試合を終えては梅雨の合間に日向ぼっこに来た816人の暇人(主催者発表)に申し訳ないと思ったのか,東が畠山,ツギオに本塁打を献上し同点。9回の裏はあっけなく終り同点のまま延長戦かと思った矢先,石井琢が死球で歩き,19歳になったばかりの吉村がサヨナラ2ランで試合を決めた。

今年もついに一軍の試合を観戦しませんでした。もっとも今年の場合,一軍より二軍の方が見る価値があったと思います。

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2002年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
9月29日 湘南

ヤクルト
横須賀 内野 5 - 7

今年最初で最後の観戦 !!

関内の阪神戦,追浜のヤクルト戦,いずれを見に行くか迷ったものの,横浜の一軍選手と二軍選手は顔の日焼け具合くらいしか違わないなと思い,追浜まで足を延ばした。

653人の大観衆(主催者発表)の中で行われた本試合は,やけに内野飛球の多いものであった。

  • 小宮山,谷繁等ひいきの選手が移籍した。
  • 勤務地が茅ヶ崎になり,お気に入りの神宮球場に行き難くなった。
  • 弱いのは仕方がないが,試合内容があまりにもつまらない。
  • 大洋漁業(現マルハ)が球団経営から撤退した。
等の理由で,今シーズンは一軍の試合を1度も見に行きませんでした。こんなのは約10年ぶりのことです。

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2001年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
6月28日 ヤクルト 神宮 A 指定 3 - 13

なんだこの沢山の人だかりは !!

千駄ヶ谷駅を降りるとそこには沢山のひとだかり。しかもダフ屋までも大勢。
まさかみんな神宮球場に行くわけはないな,と思ったら,やはり国立競技場でサッカーの試合をやっていたのであった。

さて試合は4回裏に横浜の負けが決まり,
  • 石井琢を引っ込め万永。
  • 谷繁に代えて相川。
  • 8点取られた先発ホージマーが5回に打席に立つ。
等と,完全な捨て試合と相成った。
4月14日 巨人 東京
ドーム
コメット
シート
5 - 8x

3年ぶりに巨人戦を見た !! でも負け。

混んでる球場に行くのはあまり好きではないため,ここ2年はヤクルト戦・広島戦ばかり見ていたが,東京ドームの券を入手したため水道橋まで足を運んだ。

序盤に3点先取したものの,先発三浦は今一つぴりっとせず四球を連発。途中からは試合の流れは巨人に傾き,結局5対5の同点で迎えた9回裏,清原にサヨナラ3ランホームランを打たれ万事休した。

13安打1ホームランの横浜が6安打4ホームランの巨人に敗れ,野球は安打を競うゲームでも進塁の数を競うゲームでもなく,本塁を踏んだ回数を競うゲームであることを再認識させられる試合でもあった。

勝ち負けを度外視しても試合があまりにもつまらないため,7月以降は一度も見に行きませんでした。
恐らく監督が替わるまでは球場に足を運ぶことはないでしょう。

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2000年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
9月14日 ヤクルト 神宮 A 指定 7 - 1

消化試合に勝った !! らしい。

シドニー五輪の日本対南アのサッカーの試合をやっている時刻にもかかわらず,なんと8000人の大観衆消化試合を見に神宮球場に集まった。

試合については鈴木尚がホームランを打ったような気もするし,中根,佐伯ともに3安打打った気もするし,久々に打席に立ったのを見た進藤が二塁打を打ったような気もします....
6月21日 ヤクルト 神宮 スター
シート
4 - 6

ローズ9号,鈴木尚5号,中根2号 !! でも負け。

1回の裏,横浜の先発斎藤隆は,ホームラン無しの連打を浴び3点を失うという元祖被本塁打王にあるまじき行動に出たが,その後は昨日に引き続き,大量点が入りそうで入らない展開となった。
6回の表,鈴木尚,中根のホームランと佐伯の犠牲フライで4対4の同点となるが,その裏すぐに2点を取られ負け越すという典型的な弱小球団の戦い方を実践していた。

9回の表はヤクルトのストッパー高津が登場。横浜打線をきっちりと三者凡退に押さえ,昨日の福盛とは全く格が違うことを球場に集まった両チームのファン達に見せつけた。

一年数ヶ月ぶりに関口の投球を見られたことが唯一の救いと言えよう。
6月20日 ヤクルト 神宮 A 指定 3 - 4

良い方の小宮山が好投 !! でも負け。

本日の先発は横浜が,最近好投と火達磨を繰り返している通称隔試合投手の小宮山,ヤクルトが石井一で,小宮山がよいピッチングをし,石井一がそこそこのピッチングをしたため,終盤までは投手戦(別名貧打戦とも言う)となった。

ところが何故か途中で石井一は引っ込み3人目の五十嵐から佐伯が,全く打てそうにない空振りをして敵を油断させた後に適時二塁打を打つという好プレイで3対1と勝ち越し。ここで打順が多村にまわると権藤監督は代打に井上を送りアウト一つを献上する迷采配。なおも二死二塁で谷繁が当然のように敬遠されると,今度は小宮山に代えて代打石井義人を出すが,当然のように三振

その裏福盛が打たれ逆転負けと相成った。
6月18日 広島 横浜 A 指定 3 - 1

8連敗阻止 !!

タダでもらった「内野自由席招待券」に差額1,500円を払い「A指定」に振替入場した。
順位も最下位で「にわかファン」の少なくなったことを期待していたが,梅雨の晴れ間に外でビールでも飲もうという野次馬でスタジアムは混んでいた。

横浜,広島ともにチャンスを生かし切れず,点が入りそうで入らない試合であったが,1対1の同点で迎えた8回裏,鈴木尚のあわやホームランかというフェンス直撃の 二塁打で勝ち越し,9回の表は福盛を投入して逃げ切り,連敗を7で止めることに成功した。

ところで6回に代打を出された駒田はヘルメットを叩きつけていたが,出てきた代打がこのところ不調の中根では腹が立つのも無理はなかろう。結局駒田は「当面二軍で心身ともにリフレッシュ」することになったわけだが,これは「9月下旬頃に2000本安打を達成するように時期を調整し,消化試合に観客を入れようとする球団の策略」ではなかろうか?
4月30日 広島 横浜 内野
自由
6 - 2

駒田3安打 !!

28,29日と二日続けてスタメン落ちしていた駒田がホームランを含む3安打と大活躍。
しかも,当初今日の先発を予定していた河野に昨日投げさせてしまった広島に対し,エース川村が登板。何とか連敗を止めることに成功した。
でもその河野,中継ぎで出てきたぞ。
3月26日 ロッテ 川崎 内野
特別
6 - 22

川崎劇場炎上 !!

「耐震性に問題あり」という理由で,かつてのホーム球場である川崎球場のスタンドは取り壊されることになっており,ここでのプロ野球最後の試合となる大洋 vs 大毎 オープン戦を見に行った。

好投したのは川村,福盛の二人だけ。斎藤隆,森中,矢野と気味がいいようにホームランを打たれ,シーズン開幕が楽しみになる試合運びとなった。

[平松の始球式]

試合の結果は散々であったが,本日の目的である,
  • 平松の始球式を見る(撮る)。
  • 一塁側内野席あたりの下で売っているラーメンを食べる。
の2点は無事達成することができた。

昨年に比べるとだいぶ球場も空いてきました。
来年は恐らく10年位前のような快適な環境で観戦することができるでしょう。

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__1999年分の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
10月11日 ヤクルト 横浜 A 指定 5 - 0

チャンピオンフラッグをとった !!

スタジアムでチャンピオンフラッグを見られるのは次は一体いつになるんだろぉ?ってことで,写真に撮っておくために最終のデーゲームを見に行った。

試合については「先発小檜山」の放送を聞いた瞬間負けを予想したものの,蓋を開けてビックリ!8回を0封。しかも井上の適時打と鈴木尚の満塁弾のオマケつき。しかし,満塁弾を打った鈴木尚の次の打者が「打点の記録のかかったローズ」ということを考えると,ここは素直に三振してほしかったところである。

まぁ今日スタジアムに来た目的は,下の写真を撮るためだからどぉでもいいけど。

[チャンピオンフラッグ]
9月11日 広島 横浜 A 指定 9x - 8

サヨナラ勝ち !!

試合開始直後,広島の1番緒方のファンファーレが鳴り響く中,近くを通ったビール売りに声をかけているちょうどその間に,いきなり斎藤隆がホームランを献上。結局6回を投げて6失点。しかし斎藤隆に負けはつかなかった。

9回土壇場で同点に追いつき延長戦に突入。10回表に2点取られたものの,その裏また追いつき同点。結局11回裏,駒田の犠牲フライでサヨナラ勝ちとなった。
8月20日 ヤクルト 神宮 A 指定 6 - 1

ビールを飲みすぎた !!

先発川村が無四球完投。球場でビールを飲みすぎたこともあり,試合の内容は駒田の盗塁死くらいしか覚えていません。
8月11日 広島 横浜 S 指定 2 - 4

やはりダメだった !!

今日勝てば,球団創設以来の新記録となる11連勝。しかし世の中そぉ甘くはなかった。おまけに,久々にS指定の券を買ったものの,席ははるか上の方。

打線は湿り,守りも石井のエラー等,打てず!守れず!連勝記録達成は球場のモクズと散ったのであった。
5月25日 ヤクルト 神宮 A 指定 0 - 5

あっけなく完封負け !!

先発福盛が7回を2失点と好投したものの,中継ぎで出てきた阿波野がペタジーニの本塁打を含む連打で3失点と試合を決める。
番外編

5月-5日
日ハム

ロッテ
東京
ドーム
A 指定 7 - 2

東京ドームに行った !!

所用で都内まで行ったところ,ちょうど日ハム対千葉ロッテの試合を東京ドームでやることを発見。急遽見に行くことにした。どちらが勝ってもよい試合は見ていて気が楽である。

さて試合といえば1回裏,小笠原の5号ソロと田中の5号2ランで日ハムが先制。さらに2回裏には本西の適時三塁打,フランクリンの適時二塁打と日ハムが一気に勝負を決めた。

試合が決まった後には上田監督のファンサービスで,引っ込んでいた片岡が一打席だけ登場。一方,初芝のホームランも飛び出し実り多い一日と相成った。
4月30日 ヤクルト 神宮 A 指定 9 - 3

流石 !! 元祖被本塁打王 !!

打ち取られた当りが立て続けにヒットになった幸運もあり,ヤクルト先発石井一を攻略。7回に試合は事実上決まり,後は斎藤隆の3年ぶり完封だけが興味の的となった。

しかし流石は元祖被本塁打王 !!9回裏,スミス,ペタジーニ,高橋智(順番は忘れた)に3人連続ホームランを打たれ降板。全く困ったものだ。思わず東京音頭を歌ってしまった

結局1999年シーズンは,ヤクルト,広島戦しか見に行っていないことに気がつきました。

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1998年分(9月以降)の観戦記録

日付 相手 球場 座席 得点 コメント
10月22日 西武 西武 外野 2 - 7

初の日本シリーズ観戦 !! でも負け。

屋根が半分までしかなく雨が降ると試合中止になる西武インチキドーム球場に初めて行き,日本シリーズを初めて観戦し,横浜が大洋時代を含めて初めてシリーズで負けた試合を見ることとなった。

試合のコメントは載せる必要がないでしょう。三浦がたくさん四球を出した試合である。
10月-8日 阪神 甲子園 A 指定 4 - 3

38年ぶりの優勝 !!

と言っても1960年にはまだ生まれていなかったので,私にとっては初優勝。

7日の大阪が雨になりそうなことをいち早く察知し,8日の仕事を急遽7日に繰り上げるという普段には決して見ることのできない手際の良さを見せ,8日は会社を半日年休。東海道新幹線で大阪に向かった。

試合内容は,この節を読んでるような物好きならよく知ってると思われるので省略。

この日の前後のスタジアムでの試合の券は全然入手不可能な状況であったが,優勝決定がJR 東海に金を払いさえすれば券が手に入る甲子園となったことは非常に幸運だったと言えよう。

ちなみにこの席で見てました。↓

[リーグ優勝時の入場券]
10月-5日 ヤクルト 横浜 B 指定 1 - 4

あっけなく負け !!

「ヤクルト先発石井一」を知った瞬間負けを覚悟し,案の定その通りとなった。
9月29日 ヤクルト 神宮 外野 5 - 2

一人で見に行った !! そしたら勝った。

珍しく会社で真面目に仕事をしてしまったため,球場に着いたのは20:00頃。これでは内野の券を買うのはもったいない,ってことで外野の券を買って入った。しかしレフト側の券売り場は既に閉鎖。わざわざライト側まで行って券を買いレフト側に戻って来るという面倒なことをする羽目になった。

ところが,ぐずぐずしたことが功を奏し,谷繁の楽々犠牲フライとなる当りを駒田が三塁で足を滑らせ点入らずという凡プレイを見ずに済んだのは運が良かったと言えよう。

しかも9回表,2-2の同点から,鈴木尚が値千金の勝ち越し3ランホームランを打ち,勝ってしまった。
9月28日 ヤクルト 神宮 ムーン
シート
2 - 11

女の子と見に行った !! そしたら負けた。

女の子と,しかもシーズンシートで見るということでウキウキしていたが,試合は一方的な負け。お寒いおデートと相成った。まぁいいか。
9月23日 中日 横浜 内野
自由
6 - 2

首位攻防戦に勝った !!

通常この時期のスタジアムはガラガラに空いてるのが常であるが,首位攻防戦ってこともあり混んでいた。

試合は三塁走者山崎がピッチャーゴロで飛び出し挟殺,誰だったか忘れたが 二塁走者が牽制死と中日が勝手に自滅。

今までの「長かった春は一体いつ終るのだろうか」との思いが「ひょっとしたらひょっとして今年はイケルのではないか」という期待に変わった日でもあった。

1998年は何度も球場に足を運んだ年でした。
しかも10月に見に行ったのは1987年の衣笠の引退試合(何故か横浜でやった)以来です。

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