3年強続いた茅ヶ崎勤務もいよいよ終りが近づいたため,以前から通勤時に目をつけていた藤沢駅で駅撮りをすることにした。 いつもより1時間早く家を出て始発の電車に乗ったのであるが,藤沢駅についたのは「銀河」が通過した直後であった。 まずは「出雲」を撮影。 |
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次に「サンライズ瀬戸・出雲」を撮影。 ところが「あさかぜ」が定時を20分過ぎても来ないため,仕方なく撮影を打ち切り,ホーム中程の大船軒でそばを食べた後会社に向かった。 おそらく「あさかぜ」は遅れて貨物線を走ってくることだろう。 |
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なお,私が物心ついた頃には既に走っていた113系もいよいよ終焉を迎えるため,何本か撮影した。 それにしても8月から上りの電車に乗り,都内に通勤しなければいけないと思うと憂鬱である。 |
昨日の撮影でフィルムを使い切ればよかったのであるが,カメラの中に6枚残っていたため,家からすぐ近くを走るこどもの国線を撮りに行った。 恩田駅からすぐの踏切は雑草ぼうぼうのため,約300mこどもの国寄りの長津田4号踏切で撮影。上り2本,下り1本撮影後フィルムを現像に出し,家に帰った。 |
2005年-3月末をもって廃止される日立電鉄を撮りに行った。 家を6時頃に出て東名・首都高・常磐道を通り,ETC非対応の日立中央インターを出たのは9時頃であった。 川中子付近まで引き返し,まずは田んぼの中を走る常北太田行きを撮影。次に鮎川行きを撮影した後大橋寄りに移動。 |
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こちらは大橋駅を出て道路を立体交差で跨ぐ手前の場所である。 上の場所といい,この場所といい,2005年の年明けくらいからは撮影者が大挙して押し寄せそうである。 この後鮎川駅に移動。駅撮り(ここには載せていないが)をして午前の部を終了。 |
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15時頃,今度は茨城交通の殿山〜平磯間で上り,下り1本ずつ撮影。 上記の文章だけを読むと「何で一度日立中央インターまで行ったのか」「12時から15時頃までは何をしてたのか」等,疑問が湧くだろうが,本日茨城まで行ったのは撮影だけではなかったためである。 この後那珂湊の市場で岩ガキを食べ家路についた。 |
DD51+12系客車+DE10で運転される「奥多摩〜御嶽60周年号」を撮りに行った。 青梅線内の撮影場所はあまりよく知らなかったため,道を歩いていた同業者に声をかけ,ついて行くことにした。 まずは古里〜鳩ノ巣間で撮影。この場所は崖を15m位上らないと行けないため,我々の他には撮影者はいなかったが「青梅線らしい景観」でないのが残念である。 |
次に軍畑〜沢井間で俯瞰撮影。 こちらは青梅線を代表する風景の一つであるが,何と同業者約20名。この場所に20人も集まるのは「石灰貨物」がなくなってからは初めてではなかろうか。 |
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